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Blog・Newsオーバートリートメント(行き過ぎた治療)からのリカバリー(回復)症例

オーバートリートメント(行き過ぎた治療)からのリカバリー(回復)症例
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 この症例は掲載にあたり患者さんに許可を得ていることを予め述べさせていただきます。

 

「その治療は本当に患者の意向で行われているものですか?」

 

 これは「オーバートリートメント」、つまり「行き過ぎた治療」が疑われ、多数歯に渡る支台歯形成(冠を被せるため歯の形を削って整えること)と一時的なプラスティックの仮歯で患者固有の咬合(咬み合わせ)が失われた症例です。当院を受診された時は歯科不信に陥っており、噛みにくい、どこで噛んで良いか分からない、という主訴でした。(他にもいろいろと述べられておりましたが) 

 

 その中でも「むし歯がない歯まで(削って)仮歯にされた」と意向に沿わないとも思われる治療がされた疑いがありました。歯科ドクターの考えも様々ですが、「色を合わせる為に全ての歯をかぶせた方が良いと言われ仮歯にされた」とも言っており、実はこの方は前前医のX線写真も当院に持ち込まれ、確かに当時のX線写真においては大きなむし歯はないように見えました。また仮歯の為に「咬みにくい、どこで咬んで良いか分からない」と患者固有の咬合(こうごう・咬み合わせ)も失われていました。 

 

 先に述べたように歯科ドクターの考えも様々です。しかし当院においてこのケースは「色を合わせる」ことと「ほぼ全ての咬み合わせを失わせる」こと、ベネフィット(効果)とリスクを考えた場合にほぼ全ての歯を削るという選択肢はないでしょう。当院においては「オーバートリートメント」の域に入ります。 

 

「いや、患者が望む場合はその限りではないのではないか」

確かにそうでしょう。しかしこの患者さんは「以前の病院のことは思い出したくない」と心の傷・トラウマまで負っていました。

 

「その治療は本当に患者の意向で行われているものですか?」

果たして患者さんの意思決定はそこにあったのでしょうか。事前に説明はあったのでしょうか。

 

 しかしながら、この場合は今更当時の治療の根拠などを探っていったとしても、患者さんの望むゴールには辿り着きません。歯科不信に陥り、歯牙の切削・削去についてもとても抵抗があったため、上述のような主訴に対する最大のベネフィット(効果)は「咀嚼できること」と思われました。削って噛めなくなった歯を噛めるようにしてほしいと思うのは当然でしょう。歯科医師は歯を治すのが仕事なのですが、この場合噛めなくしてしまったのは歯科医師でした。私はこの患者さんの歯科不信を払拭したいと思っていました。

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 しかし、他院における術前(支台歯形成前)の咬み合わせの情報はこちらには何もありません。そこで「咬合診査」を行いました。KaVo(カボ)社のDigma2(ディグマ2)を用い、下顎の動き(顎運動)をコンピュータに記録していきます。この情報を元に、「顎運動に一致したプロヴィジョナル・レストレーション」を作成します。

 

「プロヴィジョナル・レストレーション」というのは最終イメージ・ヴィジョンの前(プロは前という意味です)の修復物という意味です。その場で作る仮歯とは違い、ラボ(技工所)で歯の形をワックスアップ・築盛し、硬いプラスティックの歯に置き換えていきます。

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 一人一人違う患者固有の「顎運動」をどうやって再現するのでしょうか?Digma2のデータを反映するには同じ規格の「咬合器(こうごうき)」という器械が必要になります。

 

 このプロター・エボ7は数ある咬合器の中でも顎関節における「下顎の後退の動き」や「シフト角」「アンテリア・ガイダンス(前歯部の動き)」などデータ数値を細部に反映して患者固有の顎運動の動きを再現し、その範囲で歯科技工士は被せる冠など補綴物を作製します。

 

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 そして数ヶ月の治療期間を経て、オールセラミック・クラウン(自由診療)のセットされました。Digma2により何回も咬合診査を行い、プロターという咬合器で顎運動を再現し、完成に至りました。

 

 しかし、、、

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 果たしてこの患者さんは咬み合わせを回復したのでしょうか?その為には患者さんの所感のみならず、評価が必要になります。

 

 前述のように当院にはディグマ2がありますから、再度、咬合診査を行い、歯牙のガイドにより規則的な下顎の運動がなされ、咀嚼サイクルが安定していることを確認しました。

 

 治療には個人差があり、効果を保証するものではありませんが、できる限り精密な検査と段階を経た治療で、咬み合わせと歯科の信頼を取り戻した症例です。患者さん、またオールセラミックを製作した歯科技工士、スタッフ、歯科医師と皆で話し合ってクオリティの高いゴールに辿り着きました。

 

「その治療は本当に患者の意向で行われているものですか?」

 それが通常の保険診療であったとしても、患者さんの意思決定はあるのか。何がその人にとって最大の治療効果なのか。この症例はそのことを大きく感じさせるものでした。私たち歯科医院は患者の期待を裏切ることにならないよう、肝に銘じています。

 

*治療期間:1年4カ月 治療費用:咬合診査2万5000円(税別)、オールセラミック7万円(税別)×24本